高齢者こそデジタルを!若宮正子さん(世界最高齢プログラマ)のはなし①

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スマホ、PC、IT
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ITエヴァンジェリストの若宮正子さんの講演会から、生活にデジタルを取り入れることによって安心で豊かな生活をサポートしてくれる強い味方になってくれるヒントを学ぶことができました。

この頃デジタルとかITって言葉を聞くけどよく分からない。みんなに合わせてスマホを持ってるけど、ほとんど電話とLINEくらいしか使ってない。ITとかデジタルって便利らしいけどよく分からなさすぎて正直どうでもいい…と思ってしまったりしていませんか?

今や当たり前にスマホやパソコン、テレビでも双方向受信やインターネット配信が観られたりと、私たちの生活はデジタルに囲まれています。そのおかげで世界中のニュースや欲しい情報がすぐに読めたり、買い物も指一本でポチっとすれば家まで届くというとても便利な世の中になってきました。

実は中高齢の円熟世代こそデジタルの恩恵をたっぷりいただけるのです!

いくつになってからでも遅くない!「IT・デジタル=なんだかコワいもの」という先入観をそっと横に置いて、せっかく進歩したITやデジタルを生活に取り入れて、ココロ豊かで充実した毎日にしていきましょう!

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はじめに

先日地元の講演会で初めてご本人のお話を直接拝聴する機会に恵まれました。とても愛嬌たっぷり、リズミカルな口調でお話しくださり内容盛りだくさんだったので、感じたことや考えたことを書きます。

なお、その時の講演会で聞いたことを元にしているので、他メディアの内容とは違う部分があるかも知れませんがご了承ください。

ところで、若宮正子さんってご存じですか?

ACジャパンのCMで

「とにかくバッターボックスに立ってみる。振ってみたら当たっちゃったんですよ」

のキャッチフレーズでおなじみの若宮正子さん。聞いたことがある人も多いのではないでしょうか?

または「ITエヴァンジェリスト(伝道者)」とも呼ばれていますね。

実はなんと先日地元で講演会がありました。「高齢者こそデジタルを!」の力強いお言葉に励まされます。私はまだ高齢者と言えるところまで人生成熟していないのですが、今の世の中デジタルネイティブと呼ばれる若者の世代が育ってきています。そして生活の中にもアレクサとかのAI化が進んできています。スマホを持っているだけで精一杯で当然使いこなせているわけでもなく、どんどん時代に置いていかれているような、すこしあきらめにも似た気分になっていたからです。

ところが今回若宮さんのお話を聞いて、何かを始めたりやってみるのに遅すぎることはない!あきらめるにはまだまだ早い!と強く背中を押されたような気持になりました。月並みな表現ですが「元気」をもらえました。

若宮さんがイキイキとお話してくださったエピソードや聞いて感じたこと、考えたことをここにシェアしようと思います。

地元に若宮さんがやってくるよ!驚きの第一印象!

講演会の内容に入る前にどんな機会だったかをお話しします。とある教育機関が主催する講演会で、毎回注目度の高い「時のヒト」をご招待している上に、参加費無料なのですぐに満席になってしまいます。ちなみに前回のゲストは脳科学者の中野信子さんでしたが、募集開始から4日目に気づいた時はすでに募集終了していました(泣)

次に見つけたらすぐに申し込む!と決意して約1年。ゲストはなんと若宮正子さん!

CMをみてからずっと気になっていました。世界最高齢プログラマってどんな方なんだろう?何歳でプログラム作ったんだろう?いったい何モノ!?

広告での見た目はどこから見ても穏やかで優しそうなおばあちゃまにしか見えません(失礼でしたらすみません!)。

でも応募の知らせを見たときはいつもの優柔不断グセが出現し、一瞬だけ「あとにしよう」と思いましたが、すぐさま前回の反省が脳内をよぎり、気づいたらQRコードをスマホで読み取っていました。自分でも驚きの行動の速さです(笑)

プログラムを作るって今の若い人達も勉強中の人が多い中で、プログラマとして認められてTED tokyoでプレゼンしてApple社に招待されるってどんなハイスペックな方なんだろう?と、とても気になっていました。

今でもIT業界で引く手あまたと言われるプログラマ。80代でプログラマとして活躍しているとは先見の明ありすぎでしょ!

時代の先駆者というイメージから、何だか「昔はバリキャリだったのよ」と言わんばかりの個性強めなヘアメイクや派手目なファッションなのかと思いきやそうでもありません。

どこにでも普通にいそうな、ご近所にいたらニコニコとあいさつを交わしてくれそうな親しみやすい雰囲気を持っていました。そのため穏やかな見た目の印象と実績のギャップが私の中では大きかったです。

若宮さんの生い立ち

もう80オーバーのご年齢ですので、幼い頃は戦時中。疎開した先では周囲の人々と協力して貧しい中で暮らし、時には子どもでもシャベルを持って防空壕を掘ったりと、ご苦労の多い幼少期を過ごされたそうです。

そして終戦。とたんに世の中の価値観がひっくり返ったことを、子どもながらにとても戸惑われたそうです。

「今まで正しいと教わってきたことが、全部正しくなかったってことになっちゃったんですから!」

本当は全部じゃなかったかもしれないけれど、価値観・倫理観の変化が激しすぎてきっと当時の人々からしたら突然全てが変わったように感じただろうと想像します。

学生時代を終えて卒業後は金融機関にお勤めされていたそうですが、意外にも手先は不器用だったんだそうです。それでこの時に自動でいろんなことをしてくれるマシンやコンピュータたちに出会い、自分の味方のような頼もしさを感じたようです。

実はぶきっちょ!?マシンは心強い味方!!

世界最高齢プログラマの若宮さん、なんでもサクサクとこなしちゃうイメージだったんですが、意外にも手先が不器用だったそうです。

当時はアナログの時代なので、お勤め先の金融機関では毎日お金を数えたり、計算機をたたいたり、書類をつくるのもほとんど人の手で作業していました。

大量の紙幣をザーッと手ではじいて超高速でお札を数えたり、計算機を目にもとまらぬ速さで打ちこなす人々が、いわゆる「できる人」として見られていたようでして、そういう手先を起用に使う作業が苦手だった若宮さんは、ちょっと劣等感を感じていたそうです。

そんな時にアメリカやら異国の地から「コンピュータ」がやってきました。金属の箱のような機械にポイっとお札を入れるとあっという間に大量の紙幣を数えてくれたり、数字を打ち込むとパパっと計算しておいてくれます。

それで「あれ?人の手でやらなくてもよくなったんじゃない?」と今までの苦労から自分を解放してくれそうな機械を頼もしく感じ、またとても興味を持ったそうです。

好奇心の強い若宮さんは、まだ今より大型だったコンピュータを家でも使うようになったそうで、周囲からはとても驚かれたようです。なぜならコンピュータがまだ珍しかっただけでなく、当時は今のようなジェンダーレスや男女平等からはまだ遠い時代だったので、女性がお金をかけるものと言ったらお洋服やお化粧道具、洋裁のミシンやお料理教室などの習い事が主流の時代と聞けば納得です。

そんな周囲の目など気にも留めずコンピュータに熱中し、後にコンピュータって世界中の人とつながれるんだと知って「それなら英語もわかるようにならなくちゃ」と英語の勉強にも熱が入り、国内外問わずいろいろな人たちとの交流を楽しんでいたそうです。

(つづく)

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